撮れずに取れたマウントが復旧(また取れそうだけど)。
試走がてら、3日前の木曜に遂に待望の全通となった大船立体(都・腰越大船線)の走り初めへ。
5時半頃に厚木の自宅を出発し、まずは県道47号(藤沢平塚)を再収録。
47号終点・羽鳥から丸一日後に通る県道43号(藤沢厚木)、国道467号を乗り継ぎ、
江ノ島を正面に望む片瀬東浜から国道134号へ。左折直後の鎌倉市境を挟み・・・
6:09、大船立体の属する県道304号(腰越大船)の起点・腰越橋。
左折し、立体開通で晴れて(大字としての)大船直結を果たした304号へ。
それまでは大船の手前・山崎跨線橋南で事実上途切れており、名に偽りありの状態だった。
尤もそこから大船駅までの距離は東口・西口どちらまででも約1㎞。
極端に離れていた訳でもないが、特に東口は踏切や踏切近くのシケイン状の無信号交差点と
言った深刻なボトルネックを挟んでおり、距離の割に時間が掛かる状態だった
深沢出張所前の丸ポストはご健在。手前の西鎌倉駅前の白看は無くなってた。。
柏尾川沿いを抜け、県道302号(小袋谷藤沢)との件の山崎跨線橋南の三差路。
左折すると跨線橋を経て大船駅西口方面へ、直進すると立体経由で同東口方面へ。
後者の行先は既に「大船駅」とあるが、先述の通り、立体全通前はすんなりとは着かなかった。
そもそも302号は大船駅に向かう路線ではなく、逆方向の北鎌倉・鎌倉市街方面へ向かう道だ。
そこに今回の立体全通で304号としての機能も加わった訳だが、青看のヘキサは「302」のまま。
まぁ「304」に変えると鎌倉市街方面に向う車が番号だけ見てうっかり逆方向に左折しかねんし。
尚、7-9時の朝の2時間、大型車は貨物・乗用とも直進出来ない。
これはこの先、大船立体の西口以降の302号が狭い為だと思われるが、立体全通でその狭隘
区間の通行は「必須」から「任意」になった訳だから、規制区間の起点も立体西口までスライドし、
立体自体は終日通行可能にするのが筋だと思うのだが。。
跨線橋南から間もなくの鎌倉武道館東側交差点(立体西口)。
ここから大船立体までが3日前に開通した区間(西側取り付け部分)。以前は右折レーンの付いた
直角左カーブだった。右折先は旧跨線橋入口方面への抜け道で、立体の部分開通後は実質的に
県道の役割を担っていた。
302号と304号はここで別れるが(302号は左折)、案内標識は現時点でナシ。
道なりに進んで立体を渡ると鎌倉市街方面は遠回りになる(鎌倉北部有数のボトルネック・小袋谷
踏切でJR横須賀線を渡り直さなければならなくなる)為、本来であれば標識が欲しい所だが・・・
因みに立体部分開通後の抜け道には、ご丁寧に仮設の標識も用意されていた。
但し終始こんな道幅なので、大型車は通行できなかった。
10年以上前に道路自体は仕上がっていた区間(約250m)を挟み、台二丁目の交差点。
ここで湘南モノレール下を走る(市)大船西鎌倉線(旧京浜急行線=元有料道路)と合流。
そしてここから、モノレールを潜りつつJR横須賀線を跨ぐと言うアクロバティックなオーバーパスへ。
言わずもがな、君の名は、、
小袋谷跨線橋(2代目)。。
大船立体じゃねーのかよ(笑)
姿形や持ち主が変われど、位置は殆ど同じ。
旧跨線橋と同じ名前の方が地元の人にも分り易いと言う事で、敢えてそうしたのかな。。
因みに旧跨線橋はこんな具合。
1930年の開通から当時既に丸80年のご老体は、いかにも戦前世代らしいスパルタな規格。
もうチャリでは二度と通りたくねぇと思ったし、実際一期一会となった訳だが、
いざ無くなってしまうと、やはり寂しいものがある。。
時は戻り、2017年6月4日。。
モノレールを潜ると同時に橋梁部分がスタート。さっき別れた302号と横須賀線を一跨ぎにする。
ここで302号と直接出入り出来れば尚便利なのだが、住宅密集地故そんな出入口を造るスペース
は確保できず、302号は跨線橋をただ見上げるのみである。
そんな橋梁の頂上付近が3日前に開通した区間の末端で、以降は東口まで既設区間。
当区間に先立つ2014年3月28日、暫定的に先行開通。旧跨線橋は84年の歴史に幕を閉じた。。
6:21、オーバーパスらしいの坂道を下り、跨線橋東口の大船三丁目三差路。
晴れて大船入りした事を実感する名前の突き当りにて、304号は終点となる。
相手は県道301号(大船停車場)。以前は鎌倉街道こと県道21号(横浜鎌倉)と大船駅を結ぶ事が
ほぼ唯一の役割と言う単純かつ比較的ローカルな路線だったが、今回の大船立体全通で、以前は
県道312号-302号-県道30号(湘南新道)が一手に引き受けていた環状4号-国道134号間を
結ぶルートとしての活用が可能になった為、今後は当地から21号側において、特に大型車の
交通量が顕著に増加するものと思われる。
余談だが、鎌倉街道の小袋谷踏切にも跨線橋計画がある。これと(都)由比ガ浜関谷線の鎌倉市街
方面が開通すれば、踏切も狭い区間(302号)も通る事無く、山崎跨線橋から鎌倉市街方面へ抜けら
れるようになるが、計画倒れに終わる確率90%超なんで全く期待はしてない。。
こんな所で全通後の走り初めは終了。。
大船駅前を抜けた後、灯台を模したようなシャレオツな街灯付きの信号(大船中央病院前)が
印象的だった駅東側の市街地を迷走気味に巡り・・・
6:30、大船三丁目再び。左折し、今度は大船駅側から立体へ。
江ノ島側同様、すぐに「小袋谷跨線橋」の標識がお出迎え。
さっきは気が付かなかったが、その標識が立つ歩道はまだ未完成。
全線開通は果たしたものの、全面開通までにはまだ少し時間が掛りそうだ。。
台2丁目の手前では、ちょうど大船駅を発ったばかりのモノレールとクロス。グットタイミング(笑)
この後、わざわざ鎌倉武道館東を経て天神下交差点からモノレール直下の市道へ。
直線的且つアップダウンの大きいジェットコースターの様な道を暫し疾走した後、
『美鳥の日々』のオープニングでお馴染みの深沢交差点から県道32号(藤沢鎌倉)へ。
鎌倉方面に少し進んだ所にある7-11で小休止。これで一週間連続来店。。
その後、目と鼻の先の梶原口交番前を左折し、梶原の住宅地を経て北鎌倉へ抜ける市道へ。
開発に対する制約が多い土地柄故か、外界に通じる道路がとかく乏しい北鎌倉エリアと32号を
直結する唯一の道路と言う事で、予てより気になっていた。。
全長3.2㎞。山ノ内配水池先までの2.6㎞は終盤の一部が狭いながらも2車線道路。
そして残る0.6㎞。地図を見て狭い事は既に分っていたが、、
ここまでとは思わなかった(笑)。。
てな具合に、終盤は待避所以外での離合が基本不可能な完全1車線。
何の事前警告も無かったけど、中型とかで入って来たら結構やべーよココ。
1.5車線路になった所で21号にぶつかり終了。
いやー面白かった。面白かったけどもう通りたくねぇわ(笑)。。
その後、目と鼻の先の小袋谷交差点から302号の「全撮」を開始。
その過程で本日3度目の鎌倉武道館東、そして2度目の山崎跨線橋南(写真)の通過。。
7:05、藤沢市へ。約1時間ぶりの鎌倉市外。。
藤沢市街地を挟み、続いては43号の再収録。
全く写真を撮らないまま、気付けば終盤の海老名市内。。
その海老名市内の上河内交差点。いつの間にか青看が追加されてた。
一方、右折レーンはなんちゃって。ま、神奈川県道ですから。
因みに無案内の左方向も、県道22号(横浜伊勢原)を経て寒川町内まで抜けられる。
その22号との交差点が南北それぞれ食い違ってる状況は22号・市道双方にとってガン。
出来ればひとつにまとめてもらいたいよね。。
もちろんさー。。
規格的にやるなら寒川側への統一だろうなと思ってたが、まさかもう始まってるとは思わなんだ。
カオスな青看からして混みそうな連続交差点(上一ツ橋・海老名インター入口)を挟み、、
中新田跨線橋。辛うじてだが富士山確認。因みに藤沢の302号からも見えた。。
こちらも何やら駅前踏切の拡幅中の厚木駅前を抜け、相模大橋で厚木帰還。うーん大都会(どこが
大橋の西口・東町郵便局前。摩天楼()の狭間から覗く大山が厚木っぽくて印象的だった。。
43号完走後、国道246号を挟んで一ひと続きの旧国道412号(市道妻田中荻野線)へ。
中町以北の43号と旧412は、元は同じ旧県道厚木津久井線(現412号)。
動画中でその辺りの話をする上で、この「余韻」は必須だった。
とは言えこのままいつまでも走っていると、逆方向の家はどんどん遠のくばかり。
246分岐から約600m、妻田中村の次の無名信号交差点を左折し・・・
事実上の「新246」にして厚木有数のブツ切れ都市計画道路・上今泉岡津古久線へ。
すぐ途切れる上に接続先(412号の旧々道)が隘路だからか、4車線なのに30㎞h。
言うまでも無く市内で唯一だし、県内全体で見てもレアケース。。
でも県都・横浜では割と日常の光景だったり。。
横浜都心と新横浜を結ぶ新横浜通りの浅間坂(県道13号)。
物々しくて大好きだわ。もうね、レーシングゲームのコースかよと(笑)。。
閑話休題。。
下小鮎橋経由で412号他に出た後、市立病院前から129/246/412他を南へ。
43号終点からここまで、真っ直ぐ来ればたった600mの所に3㎞も掛ける大遠回りね。。
駐停車禁止もどこ吹く風で堂々路駐で食事中の中型がえれー邪魔な片側3車線は、
そのけったいな路駐の先で246と129/412他に分岐。当車は右寄り2車線から続く129/412他へ。
厚木ICを通過後、すぐ脇のGSで給油してから帰宅。。
お勤め、ご苦労様であります。。
-終り- 22時30分 公開