現在の県道612号(上粕屋南金目)の旧道で、1972年に旧道化した「比々多旧道」の調査へ向かう。
話としては、大山新道の続きと言う事になる。
まずは、起点・石倉橋から612号を下る。
「②旧道」分岐から東名までは、広い空の下を一直線に進む開放的な快走路が続く。
東名を潜ると景色が一変し、都市部らしい住宅地に。その直後、、
向原(むかいはら)の交差点に。ここが比々多旧道との新旧分岐地点で、当該旧道は右折となる。
左右とも矢倉沢往還/県道厚木御殿場線(現246)だが、現在の612号だったのは右方向のみだ。
で、右方向、幅員は横断歩道4本分。信号が無ければ気付かずに通過する自信しかない(汗)
のっけから本気モードの旧道へ、いざ進入。
この狭さ、チャリだとさほど気にならないが、クルマだと文頭に「意を決して」と付くレベルだ。
緩やかな下りで始まった道は更に狭まり、もはや離合不能。あれ、チャリなのに心の余裕が・・・
現道、今まで「右折レーンが」とか「歩道が」とか散々言ってきたが、旧道に比べたら高速道路じゃん。
三差路でもある屈曲型の左カーブを曲がると幅員が幾らか広がり、一安心。
右に別れる細道の半分程度は暗渠で、三差路左側に小橋特有の「縁石」がある。下は水路らしい。
お、縁石手前の路外に古そうな杭発見。水路を渡って裏側から覗いてみると、、
神降臨。。
県道の証、発見。県章ではなく「神」の文字が入る旧式の境界標(道界杭)だった。
ただ、この杭が現612号時代の物なのか、更に遡って現246時代の物なのかは分からない。
カーブを曲がるとすぐに狭くなり、直後、いかにも旧道らしい重厚で古そうな外観の風情ある橋が登場。
その古さ故か、6トンの重量制限が掛かっている。
それもそのはず、竣工時期は昭和を飛び越え大正15年。正真正銘、厚木御殿場線時代の橋である。
ただ、「年相応」に黒ずんだ欄干に比べ、親柱は妙に白く、おまけに長い事超重要幹線だった割に、
ぶつけられた痕も少ない気が。もしかすると、親柱は大正生まれではなく昭和生まれの二代目かも。。
橋の名は鈴川橋。
鈴川に架る橋は数多ある中で、その河川名を冠しているのは、やはりこの道が当時鈴川で
最も重要な橋だったからだろう。橋名の力強い筆跡に、その自負が強く顕れているように思う。
因みに、下流に架る現246の橋は「新鈴川橋」ではなく「神戸橋」である。
なお、この鈴川橋については、かすがさんが昨年訪問され、『再び厚木伊勢原 (4) 鈴川橋 』にまとめておられる。この旧道に本格的な興味を持ったきっかけは、正にこの記事である。「大正かい!!」と。。
それから約半年。県報と言う旧道を更に楽める新アイテムも手に入れ、ようやっと参じた訳である。
さて、橋の上流側には人道橋・・・では無く水道管専用橋。入らないよ、柵、途中までしかないもん(違
上流側の様子。水面より緑の割合が圧倒的に高い「むさい」川が、ガードフェンスを引き連れ右にカーブしている。その最中を、アーチ状の防音壁が特徴的な東名がさらっと通過。橋の名前はこの橋と同じ「鈴川橋」だそな。ダブル鈴川橋。。
下流側。こちらも右にカーブしている。と言う事は、橋はS字カーブの丁度中間付近に架っている訳だ。
橋を渡り、振り返って石倉橋/厚木方面。こちら側の標識は向かって右側に立っている。
左側親柱。竣工年が達筆な字で刻まれている。先に反対側を見ていないと判読困難かも。。
一方の右側には、橋名が記されているのだが、、
・・・読めん。。
達筆かつ古風なひらがなで「すづかわばし」とあるが、ゆとり世代の現代人には辛いレベル。
一番下の「し」とか、最初ヒビかと思ったぞい。まぁでも、この方が古い橋っぽい。。
なお、袂左側には地蔵らしき石仏。建立は昭和47年1月。奇しくもこの道が旧道になった年である。
隣に「伊勢原市神戸中」とあるので、地元の中学校が建てた物、、と思った神戸中なんて無い訳で。
誰が一体、何の目的で建てた地蔵なんだろう。。
下流側より橋全景。真ん中に台形の橋脚が入る二径間の桁橋である。
竣工から今年で93年。彼岸からのお迎えの足音が、日に日に大きくなる。
さて、橋を渡った先は急な左カーブになっているが、これを曲がると・・・
狭。。
道幅確認。うん、橋上より狭い(泣)。おまけに、沿道は近代的な建物ばかりが揃って古道らしさを欠き、
悪い意味で「狭さ」ばかりが強調されている。幅・雰囲気の両面で、この区間は道中最悪の難所だろう。
橋から緩やかに下った後、右にカーブ。建物に挟まれ、圧迫感が強い。。
カーブを曲がると幾らか広がる。だが、依然普通車同士の離合は困難だ。
カーブ出口から緩やかな登り坂に。右側にはマイチャリのそっくりさん。いいな、新車。交換しない?(オイ
左側が空き地になった事で強烈な圧迫感は解消されたが、道幅は相変わらずだ。。
横断歩道の手前で左側が街渠分ほど狭くなり、回復しかけた幅員が元の木阿弥に。
そして間もなく、奥側に横断歩道の引かれた三差路に。
左方向が、微妙な鈍角と滑らかなエッジで誘惑してくるが、ここは直進である。
ただ、左折先の「ニセ旧道」は全線旧道と並走し、途中からは2車線になる。
「狭い道もうイヤ!!」と思ったら左折するのもアリだろう。いやしかし、冗談抜きで狭いよこの道。。
三差路を過ぎると、右カーブに差し掛かると同時に、ほぼ水平に。そして、カーブを曲がると、、
一時停止の丁字路に。案内どころか「止まれ」の標識さえないが、旧道はここを左折する。
左折先より三差路。「旧道右折」の目印は、一見すると横断歩道だけだが、、
右に張り出した左側の路肩部分も、「旧道右折」を示唆している。昔は奇麗な直線では無かったのだ。
横断歩道側の角には、「三之宮比々多神社参道」と刻まれた石碑(道標)が佇んでいた。
その通り、直進方向は相模国三乃宮・比々多神社の参道。ここは往還と参道の「追分」だったのだ。
建立は鈴川橋完成から3年後の昭和3年11月。大正に昭和一桁。タイムカプセルのような旧道である。
三差路からは緩やか下り坂に。
古くからの集落らしい、重厚な壁や豊富な緑の狭間を微妙に蛇行しながら細々と進む旧道。
さながら旧道の見本のようなその姿は、とても印象的だった。良いな、この旧道。。
なお、三差路以降は東名側道と246を結ぶ抜け道となる為、交通量が激増する。
あんまりぼーっと見惚れてると轢かれるので要注意>俺
三差路直後に建つお店。
広い「おでこ」に昭和が薫るレトロな外観が、旧道の雰囲気をより一層引き立てる。
ブロック塀に挟まれた後、横断歩道付きの三差路を通過。相変わらずの4本、、いや3.5本か。。
左折すると先のニセ旧道に合流し、ニセ旧道はそこから2車線になる。
木造の公民館と小料理屋さんの間を通過。どちらも旧道らしい、年季の入った建物だ。
右側の街渠が蓋を並べた旧式からスリット入りの最新式に変わると同時に、緩やかな左カーブに。
カーブを抜けると、見通しの悪い十字路に。ミラーはあるが「+」のペイントは無い。そして間もなく、、
旧道終点・国道246号/県道612号との比々多交差点となる。
交差点直前は狭い為、寸足らずの停止線は交差点に対しかなりセットバックしている。信号遠・・・
その直前には「30㎞/h規制ここまで」。初耳だよ、その規制。ってか邪魔だよそんなトコ立ってたら。。
消防団の建物と比々多交番を挟み、交差点部。スムーズな離合は交差点内でしか出来ない。
左方向は新設、右方向は現拡と同じ規格でも出自が全く異なる。見た目は全く同じなので分らないが。
振り返る。石倉橋方面への通り抜けが(一応)可能な為、大型車進入禁止の規制が掛る。
裏を返せば、この規制が掛る道は、殆どの場合他の主要道路に抜けられる。そしてそれが、
この道のように旧道である場合も多々ある。この規制は「旧道発見器」の側面も持つ訳だ。
新道である国道厚木/県道大山方面。すぐそこに歩道橋が架る。
所在地の「神戸」の読みは「ごうど」。隣は「三ノ宮」だが、「こうべ」では無い(関西の人限定ネタ
さて、旧道はここまでだが、折角なのでこのまま真っ直ぐ進んでみる。
矢倉沢往還では無いが、それと同じ古道であり、往時は現在の県道63号(相模原大磯)へ
抜けていた。圃場整備や工業団地開発により、現在は大部分が消滅している(代替路はある)。
246を渡った直後の様子。相変わらずの狭さで、信号待ちの際はマンションの駐車場を借りる事になる。
集落内を緩やかに下る。離合困難だが、旧道区間と一続きの抜け道と言う事で交通量は多い。
浅い掘割の出口でミラー付きの交差点に。若干だがここから幅員が広がり、離合が幾らか楽になる。。
ミラー付きの三差路で更に幅員が広がり、ほぼ2車線に。ふむ、これがウワサの「ミラー効果」か(違
そして、勾配がほぼ無くなった後、、
612号の抜け道の中では、特に桜坂が混む大山方面は、恐らくこのルートが最速ではないかと。
東名側道-現在地間は先に見た通りの狭さなので、使わずに済むならそれに越した事は無いが。。
おまけ。。
ここからは帰路となるが、その道中の気になる道を簡単にご紹介。
「現在地」を左折すると、間もなく内陸伊勢原工業団地の中へ。
程なく、612号の延長線上にある名も無き信号交差点に。ここから、工業団地らしい規制が始まった。
曜日指定の駐車禁止。時間指定は結構良く見るが、曜日指定は初めて見た(と思う)。
そんな「ご当地規制」は、1ブロック先、工業団地の東端に当たる次の信号で終了。
この後、住宅地内をごにょごにょ進み、2ブロック南側を並走する「(都)田中笠窪線(16m)」へ。
伊勢原市街に入り、県道61号(平塚伊勢原)との武道館入口交差点。ここを過ぎると、、
次の丁字路でブッツン。以降、起点・県道44号(伊勢原藤沢)まで全線未開通となっている。
用地右端に沿って、次の交差点までは歩道が先行整備されているが、その先は手付かず。
谷地形で、路面の高さによっては大掛かりな構造物(築堤or高架)が必要になりそうだ。
谷を越え、十二柱神社の前。
ここから先は「Ⅰ期区間」として工事が進んでいる。いや、厳密には「進んでいた」か。。
全く変わっとらんね、昨夏と。。
開放感ある景色の中、真正面に要塞のような東海大学病院を望む道。
沿道の果樹園用に、一部は仮舗装された上で、ほぼ2車線分で先行開放されている。
再びダートに戻った後、起点・市役所入口直後の44号に斜めにぶつかり終了。
左折するとすぐに246となり、右折すると藤沢方面へ向かう。
言うまでもなく、日中は市役所前を先頭に渋滞する44号。
こんな所に幹線道路繋げて、余計渋滞が悪化しなければ良いが。。
なお、並走関係にある246自体は、平塚・大磯・工業団地各方面への車両が都計道に分散する為、間違いなく渋滞が緩和されるだろう(左折車増加による速度低下で市役所前の渋滞が悪化する可能性はあるが)。アテにならんしやる気も無い厚秦なんかより、こう言う細かい都計道の整備を進めてくれた方がよっぽど有意義だと思うんだが。。
さて、この後は一続きの63号を北上し、、
10時半前に厚木へ帰還。ふー熱かった。気温も、そして道も。。
-終り- 31日 10時15分 公開